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屋根瓦の歴史01[今も現役、1400年前の瓦!]
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私達日本人にとって「屋根」といえば、そのまま瓦を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか? そもそも「瓦」という漢字は本来「土を型取り焼いたもの」という意味です。
日本で瓦の生産が始まったのは大変古く、西暦588年。百済から訪れた瓦博士により伝えられたとされています。ここでもたらされた技術により、法興寺(飛鳥寺、完成596年)の屋根が葺かれました。
その後710年に法興寺は奈良に移築し、寺名も元興寺と改め現在に至りますが、何と1400年前の瓦が、今も現役で使われているのです。
また興味深いのが、瓦の形状。当節の洋風住宅で使われる洋瓦に近いものだということです。
法興寺は蘇我馬子が建立し、日本最古の本格仏教寺院です。ここに「洋風」を見るとは何とも不思議。
古の日本人にとって大陸からの渡来品はイコール最新流行。人々は「オッシャレ〜!」と見上げていたかも知れません。
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屋根瓦の歴史02[防火のために一般家屋に普及]
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瓦は古くは寺院や仏閣や城で使われましたが、一般庶民には手の届かない高価な建材でした。またかつては瓦(本瓦)を固定するのに土を用い、安普請ではその重量に堪えられません。多くの屋根は板やワラ、萱など手近な材料で葺かれていました。
では、庶民の住居が瓦屋根で葺かれるようになったのはいつ頃でしょう?
どうやら17世紀後半「享保の改革」(1716〜1745)以降のようです。
「火事とケンカは江戸の華」と言うように、幕府は度重なる大火に頭を悩ませていました。例えば明暦の大火(1657年。俗に振袖火事)では死者10万人、「四百町を焼き尽くした」と言われています。
それまで幕府は奢侈禁令の一環として、庶民の瓦や土蔵を禁止していました。それを一変、今度は奨励へと転換。もうお分りですね。瓦も土蔵も土で出来ています。瓦と土壁、どちらも土で出来ていますね。そう、土は燃えにくいのです。不燃材がない時代の、人々の知恵ですね。
でも「背に腹は変えられない」のが当然の庶民感覚。「そんな銭、どこにあるんだ!?」。そこでが助成金を出したり、または強制するなどなだめすかした結果、屋根瓦は次第に普及。また需要が増えることで、産地は活性化していきました。
江戸時代の紆余曲折により、現代日本人は「当り前」に瓦の家に住み、また弊社も屋根工事業を営んでいるんですよね。歴史はつながっているんですよね。
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